「20世紀プロジェクト」アーカイブ

チーム・チープロ「20世紀プロジェクト」とはなんだったのか?

———— 実験と結果の記録

映像アーカイブ long ver.

 演出・西本健吾へのインタビューを中心に「20世紀プロジェクト」の真意を探る(6分)

 監督・編集・インタビューと「vol.3」の撮影:土井かやの

 with English Subtitles

文と絵|安倍 大智(出演 兼 演出補佐  / 新中野製作所)
ディレクション|チーム・チープロ アーカイブ班 (宮田玲美、細谷修三)、土井かやの、上原彩

映像|土井かやの (long ver.)、上原彩 (short ver.)

目次

 

0. 序文:アーカイブ作成にあたって

これって演劇なのか?わざわざ演劇って言う必要があるのか?

2017年6月から2018年3月にかけて上演された、チーム・チープロによる演劇3部作「20世紀プロジェクト」。このプロジェクトは3部作を通して、俳優や参加者に課されたルールによって「演出された状況」が作り出され、そこには、演劇や芸術、社会に対しての「問い」が存在した。その状況や問いが、俳優や観客、空間や身体にどのような効果をもたらすのかを、演出家や俳優・スタッフのみならず観客を含むその場に居合わせた人々すべてが観察するような場となった。

   それぞれの上演にストーリーは無く、上演時間は9時間に渡ることもあった。家具屋、カフェ、ギャラリーを会場に、舞台も客席もなく、一定のルールの中で幾度となく同じことを繰り返すような内容が主だった。終始「演劇である」と言い張りつつ、一見して演劇とは言えないような、演劇の定義の境目ギリギリにいるような、ゆえに演劇の定義を再考するような上演の真意は何だったのか。

   このテクストは20世紀プロジェクト3部作とそれを取り巻く様々な事象、チーム・チープロ内外の事実を元にした記録である。プロジェクトの概要を皮切りに、デヴィッド・ボウイと戯曲『ハムレット』に着想を得て演じること自体を問うた『vol.1: Let’s Dance(?)』、宮沢賢治の詩作の手法からパフォーマンスの成り立ちを問うた『vol.2: 祝祭を待つ・賢治』、ロシア・アヴァンギャルドの詩人・マヤコフスキーの詩と思想を中心に革命期ロシアの芸術の振る舞いを見つめ、その視点を現代東京にもつことを問いとした『vol.3: カクメ・イカ・クメイ展』と順を追って記し、末尾に筆者の所感を添える。

   演出補佐として上演の成立に深く関わり、いくつかの上演に俳優として出演した筆者個人は、上演を見た人々にはより細かな状況説明をしたい、むしろアーカイブに残すことも作品の一部として扱いたいと考えた。また、このプロジェクトは今後、10年と言わず30年後・40年後という未来に参照されるべきだという確信と希望を持ってアーカイブ作成の発起人となった。「こんなプロジェクトがあったのか」、「こんなのありかよ」と、未来の読者に思ってもらえるはずだ。

 

1. プロジェクト概要

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大きく3つの上演から構成された20世紀プロジェクトはそれぞれの上演でデヴィッド・ボウイ宮沢賢治ヴラジーミル・マヤコフスキーという20世紀に活躍した3人の人物を題材にしている。

   全上演が終わった今、全体を振り返って概観するなかで「ユートピア」「現在の東京との距離感」というキーワードが見えてきた。「チーム・チープロがなぜこの3者を題材に選択し、なぜ特殊な上演形式を採用したのか?」という疑問にこれらのキーワードは深く関わっている。制作・上演の最中には意識されなかったことだが、プロジェクト全体に通底する要素がたしかにあったのだ。

   まず、チーム・チープロが題材に選択した3者には「全体主義」という共通項があった。本人たちが全体主義を主張してはいない場合を含めて、全体主義的な境遇にあったりそのような発想を持ったりしていたことをチーム・チープロは見出し、制作・演出の柱としていた。

20cpj.jpg

   「全体主義」というキーワードは後に、「ユートピア」と表現した方が適切とされ見直された。演出の西本が本アーカイブ作成に向けたインタビューの中でたどり着いた表現だ。プロジェクトにおいて重要であったのは、題材となった彼らが持った全体主義との関わりではなく、形は違えど三者三様に、ユートピアを作り上げる主体者として時代に寄与していたことだとみなされた。

   ここで言うユートピアは、チーム・チープロの中で現在の東京の状況にオーバーラップする。東京オリンピックの成功に向かう一致団結の流れを最たる例に、人々が一方向へ集中して進んでいく様がユートピアを彷彿とさせる。この東京においては、一方向の流れに乗らなければならないような、有無を言わせない強制の感覚を持つことがある。演出の西本はその感覚に忌避感を覚えていたが、流れを断固として拒絶することにも正しさを見出せず、「乗るか・乗らないか、そのどちらでもない」仕方で距離感を持つことはできないかと感じていた。その問いにパフォーマンスという形を与えて上演し、自身を含む皆に問おうと試みた実験の集合が、20世紀プロジェクトだったと振り返ることができる。

   パフォーマンスを制作するにあたっては過去にデヴィッド・ボウイ、宮沢賢治、ヴラジーミル・マヤコフスキーの3者が採ったユートピアへの寄与の仕方を参照 / リミックスし、「ストーリーの消失」「長時間上演」「非同期演奏」「グループ展」などをチーム・チープロの方法論として演出に反映させた。かくして3部作の上演が行われたのである。

   つまり20世紀プロジェクトは、題材となった3者のユートピアへの寄与の仕方という縦軸(歴史的系譜)に、現在の東京に感じる違和感・忌避感という横軸(同時代性・身体感覚)が交差した点に位置づけられる、「問いの交差点」でもあったのである。

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